【俺達のプロレス名勝負列伝・第2回】札幌大炎上(武藤&橋本&野上VS天龍&原&石川 1993.2.5新日本プロレス)

 

新旧洋邦・数々のプロレス名勝負を独自視点で取り上げていく連載「俺達のプロレス名勝負列伝」。第2回は1993年2月5日新日本プロレス・札幌中島体育センターで行われたメインイベント 武藤敬司&橋本真也&野上彰(現・AKIRA)VS 天龍源一郎&阿修羅・原&石川敬士(現・孝志)です。

この試合は新日本とWARの団体対抗戦として行われた6人タッグマッチでした。新日本とWARの全面戦争は1992年9月からスタートしました。目玉となったのはWARの大将でかつて全日本で頂点を極めた男・天龍源一郎の新日本参戦でした。天龍と絡むカードは当時において夢カードだったのです。越中詩郎や木村健悟といった反選手会同盟(平成維震軍)はWARに殴り込み、抗争は劇化していき、天龍は反選手会同盟と激戦を連発していき、1993年1月4日にライバル・長州力との頂上決戦に勝利、見事にWARと己の意地を誇示して見せたのです。

その中でこの試合はどの絡みも実に新鮮で、北の聖地・札幌中島体育センターは超満員札止めを記録するほどでした。注目は闘魂三銃士の武藤と橋本と天龍の初対決。武藤はグレート・ムタとしてIWGPヘビー級王者に君臨する新世代の旗手。入場シーンも威風堂々。コール時には両手で大きく広げて、歓声を煽るポーズまで披露するほど自信に満ちていました。そして橋本はヒザの怪我もありスランプに陥り再起のきっかけを探していました。橋本は天龍との初対決にレスラー人生を懸けていました。試合前から「お前、出てこい!」と天龍を挑発する彼の視線は実に殺気だっていました。そして天龍は新世代との対戦にやりがいを感じ、テンションを高めていました。

そして試合は6人のレスラーの持ち味が存分に発揮されました。天龍をサポートする原と石川も気合が入っていました。原は国際プロレス時代に藤波辰巳とジュニア王座を賭けて闘った以来10数年ぶりの新日参戦で、得意のヒットマン・ラリアットが炸裂させます。また天龍にとって原との名コンビ「龍原砲」で新日本の長州&藤波と闘いたいという夢を全日本時代から抱いていました。石川は新日本との対抗戦でブレイクした職人レスラーで、新日ファンから大きなブーイングを浴びました。小気味の良さと意外なテクニックでこの試合のキーマンとなりました。

またここで記しておきたいのが武藤と橋本の影に隠れているように思える野上彰の存在。壮絶なやられっぷりと息の良さでこの試合のいいスパイスを効かしていました。天龍との格好の獲物を見つけた武藤と橋本が天龍にエルボードロップを連発していく中で、何気なく左肘でエルボードロップを落とすことで、新日本が一丸となって天龍を倒すんだという無言の意思を表現。場内は大歓声に包まれました。しかし、最終的には石川のノド輪落としに沈んだものの、見事なバイプレイヤーぶりを発揮しました。

札幌が大炎上したこの6人タッグマッチに関わった登場人物はセコンドや観客も含めて皆、活き活きとしていました。そしてこれが周囲を巻き込み大熱狂を生みプロレス界を盛況させていく団体対抗戦の理想形のように思えたのです。

ジャスト 日本

プロレス考察家/プロレスブロガー
1980年5月11日福岡県出身(和歌山県在住)。
1992年にテレビ放映されていた「ワールドプロレスリング」で新日本vs誠心会館の異種格闘技戦を見て、リングから放たれた圧倒的熱量に魅了され、プロレスファンとなる。
新日本、全日本、UWF系、インディー団体、アメリカンプロレス、ルチャ・リブレとありとあらゆるスタイルに触れることで、プロレスというジャンルとプロレスラーという生き方に深く興味を持つ。
現在アメブロで「ジャスト日本のプロレス考察日誌」を更新中。 2017年9月に初の著書・電子書籍「俺達が愛するプロレスラー劇場 Vol.1」が発売。
著書 俺達が愛するプロレスラー劇場 Vol.1(ごきげんビジネス出版)
俺達が愛するプロレスラー劇場 Vol.2(ごきげんビジネス出版)

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