【編集長コラム】「胃袋もストロングスタイル」

日本の夏がやってきた。全国各地に梅雨入り宣言が発表されている。

「梅雨」というと思い出す、昭和の新日本プロレス道場の光景がある。

道場には後援者やファンなど、日本全国から贈られてくる名産品、特に肉、米など食材が所狭しと、置かれていた。肉はすぐに新日軍団の胃袋で消費されていたが、なかなか出番が回ってこないモノもある。

賞味期限を気にすることも当時はあまりなかった。ある日のこと先輩たちも引き揚げ、お腹を空かせたヤングライオンたちばかりが揃っていた。

「何かないか?」と、いずこから発見されたのがソウメンだった。いつ、誰からもらったものなのか、もうわからなくなっていた「年代物」。だが桐の箱に入った高級品だ。

よく見ると緑っぽい粉のようなものがついている。「ソウメン? 茶そばじゃない?」「何だかわからないけど麺類だよね。いいから食べよう」と、多数の食べる気満々な選手が「危なくないか?」との一部の声を「火を通せば大丈夫」と圧倒した。

茹でられるソウメン。確かに表面の粉状の謎の物質は、ほとんど消えてしまったが、まだ緑っぽい。やはり危険な気がしたが、グーグーなっているお腹の欲求には勝てなかった。

当時の鬼軍曹・山本小鉄氏は「臭いを嗅いでみろ。酸っぱいのは気をつけろ」と、ヤングライオンたちに教えていた。

「茶そばだよ。いけるよ」と、かまずに飲み込むヤングライオンたち。「ちょっと酸味もあるけどな」と、顔を見合わせた者もいたが、アッという間に完食となった・・・。

しばらくして「お腹が痛くなった」というぼやきが聞こえてきた。それでも、大事に至る者は一人もいなかった。

「ストマッククローされるよりは、痛くない」「うん、そうだな。正露丸もあるしね」・・・ポジティブシンキングなどというしゃれた言い方は、当時はまだなかったが、あくまで前向きに明るいヤングライオンたち。

とにかく食べなくては強くなれないという思いを抱いていた。「どんぶり飯5、6杯」とも言われた昭和の道場飯。「食事の時間が一番辛い」と、涙目になりながら食べていた選手のその後の活躍ぶりを考えると、感慨深いものがある。

食事も練習のうち。たくさん食べて大きくなる。「レスラーたるもの、食べられません、飲めませんとは言うな。食べたものが体を作るんだ! たくさん食べなきゃ大きくなれないぞ!」と、立って飯を流し込む手法など、昭和の体づくりは一味違っていた。レスラーは胃袋も尋常じゃない。

蒸し暑い中、白日夢のように思い出がよみがえってきた。

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