自分自身を変えてくれたプロレス 愛野ユキが描く観客との熱連動

 東京女子プロレス真夏のビッグマッチ7・8大田区総合体育館大会で、辰巳リカが保持するインターナショナル・プリンセス王座にチャレンジする愛野ユキ。6・11後楽園ホールにて遠藤有栖との次期挑戦者決定戦を制し、自力で得た1年9ヵ月ぶりの舞台だ。

 前回の同王座挑戦(2021年10月9日)も大田区。その時は第6代王者・乃蒼ヒカリに敗れている。もう一つのシングル王座であるプリンセス・オブ・プリンセス王座も過去2回タイトル戦を経験したが、姉・天満のどかとの「爆れつシスターズ」でプリンセスタッグ王座を保持していたことからも、チームの印象の方が当時は強かった。

「前回はタッグのベルトを落としたあとのタイミングで、お姉ちゃんといると独り立ちを求められているように感じていたんです。自分的には一人で立っているつもりでも。そういうようなことをよく言われていました。

 そのことに対し腹が立つことはなかったんですけど、一人で立っているようには見えていないんだなって。いくら自分でそうじゃないと思っても、周りからどう見られているかが大事な気がしたので、それを証明するためにシングルのベルトを…というのが大きかったのが、今回との違いですね」

 小さい頃からせん望の眼差しで見つめていた姉の存在。その時点で人前に出て何かを表現するのが好きだった天満は、地元の劇団に入りミュージカルの舞台で輝いていたと、妹は言う。

 本心では同じようにやりたかったのだが、極度の緊張強いで一歩前へ出ようとする足が目に見えぬ力で抑えつけられた。ずっと避け続けていた他者の視線が集まる場…ある時、決まっていた子の代役で急きょ駆り出される。

「ネズミの役だったんです。全身タイツで『チューチュー』って一瞬言うだけなのに、出番前に吐いちゃうぐらい緊張して」

 そのまま大人になり、プロレスラーを目指す姉の姿を見て東京女子の練習生になった愛野は、デビュー戦もあのネズミ役のように緊張した。だがそこから経験を重ねるうちに、気がつけばビッグマッチの大舞台でも気負うことなくリングへ上がる自分に変わっていた。

 これまで、シングルとタッグ合わせ11度タイトルマッチを経験している愛野。うち7度は後楽園ホールだが、デビュー戦の地だからなのか“大場所”よりも緊張するのだという。

「なので、今回もビッグマッチだからという影響はむしろないです。お客さんが多いほどテンションも上がりますし…それはやはり、すべての積み重ねによるものなんだと思います。今までシングルのベルトに挑戦して獲れていないけれど、自分の中に残るものがちゃんとあったから今、こうして臨める。場数を積むことで、度胸はついていった気がします」

 その意味で、愛野はプロレスによって自分自身を変えられたと言える。昔から読書や漫画、音楽のようにその世界へ没頭させてくれるものが好きだった。

 最初はあくまで“受け手”として入り込んでいたわけだが、そうした表現ジャンルにとてつもないパワーを感じるうち、あこがれから「自分もそういう存在になりたい」という動機へ変貌。それは、プロレスとイコールで結ばれる。

 一度はデビュー前に退団しながら諦めきれず戻り、リングアナウンサーを1年3ヵ月務めるなど遠回りしながらもプロレスラーとしてキャンバスの上に立てた根源には、エンターテインメントだから描ける世界観を自身で表現したいという支えがあったのだ。今年の5月3日でデビュー6年目に突入した現在の愛野は、東京女子にどんな風景を広げようとしているのか。

「私にとっての“強くなりたい”という欲は、自分を突き詰めた時に熱くなれる興奮を味わうためのものなんです。強くなればなるほど闘っていられるし、そうすることでもっと熱くなれて、それをほかにも影響させる。この場合の“ほか”ってお客さんなんですけど、一緒に前のめりになってその空間へいてほしいって思います。

 何かを一緒に感じられている空間が私はすごく好きで、それって音楽のライブでも感じられるものじゃないですか。それと同じように闘っている自分たちと同じものを、プロレスを見にきた人に全身で体感してもらえたら」

日々の試合、中でも姉とプリンセスタッグ王座のベルトを巻いた時に自分たちと観客の熱は連動すると感じた。よけいなことを考えたりもやついたりしていると、やはり客席も盛り上がっていない。ポジティブなこととネガティブな場面の両方を経験し、その思いは愛野の中で揺るぎなきものとなった。

昨年3月26日に天満が引退した以後、中島翔子のプリプリ王座、原宿ぽむとのコンビで赤井沙希&荒井優希のプリンセスタッグ王座に挑戦したがいずれも王座奪取にはいたらず。愛野はデビュー以来、シングルのベルトは一度も腰に巻いていない。

 そんな愛野へ、個性豊かな東京女子における自分の役どころは?と聞いてみた。難しいな…と前置きした上で、こう言った。

「まだ探し求め続けているところなのかもしれないです。それがわかっていれば、すごくわかりやすくていいけれど、そこに囚われてしまいそうな気もするし…とか、なんかいろいろ考えちゃいます。んー、でもやっぱり、私は“あつくるしい”担当で!」

 大田区でもライブならではのグルーヴ感が発生すれば、それが愛野の理想とするプロレス。人前で何かをやるのが苦手だった子が、そこまで他者へ影響を与えるようになれる――東京女子とは、そんな空間だ。(文・鈴木健.txt)

〈写真提供:東京女子プロレス〉

【大会名】SUMMER SUN PRINCESS ’23
【日時】2023年7月8日(土) 開場13:00(サブアリーナ開場12:30) 開始14:00
【会場】東京・大田区総合体育館

<全カード>

▼第一試合 長野じゅりあ復帰戦 20分一本勝負
鈴芽&遠藤有栖 vs 宮本もか&長野じゅりあ

▼第二試合 20分一本勝負
桐生真弥&猫はるな&HIMAWARI&鈴木志乃 vs 鳥喰かや&凍雅&風城ハル&大久保琉那

▼第三試合 20分一本勝負
水波綾&角田奈穂 vs 上福ゆき&朱崇花

▼第四試合 DEFY女子選手権試合 30分一本勝負
<王者>バートビクセン vs 乃蒼ヒカリ<挑戦者>
※初代王者6度目の防衛戦。

▼第五試合 3WAYタッグマッチ 20分一本勝負
中島翔子&ハイパーミサヲ vs アジャコング&らく vs マックス・ジ・インペイラー&原宿ぽむ

▼第六試合 スペシャル・シングルマッチ20分一本勝負
ナイラ・ローズ vs 渡辺未詩

▼第七試合 プロレスリングEVE選手権試合 30分一本勝負
山下実優 vs ソーヤー・レック
※第20代王者7度目の防衛戦。

▼第八試合 20分一本勝負
沙希様&メイ・サン=ミッシェル vs 荒井優希&上原わかな

▼セミファイナル インターナショナル・プリンセス選手権試合 30分一本勝負
<王者>辰巳リカ vs 愛野ユキ<挑戦者>
※第10代王者4度目の防衛戦。

▼メインイベント プリンセス・オブ・プリンセス選手権試合 30分一本勝負
<王者>瑞希 vs 伊藤麻希<挑戦者>
※第12代王者3度目の防衛戦。

◆大会詳細は公式サイトにて
https://www.ddtpro.com/schedules/20231

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