【追悼】アントニオ猪木元マネージャー・甘井もとゆき氏急逝、燃える闘魂と歩んだ激動の軌跡

晩年、難病「アミロイドーシス」に侵された猪木氏の闘病生活も、甘井氏は傍らで支え続けた。病名公表に際しても、メディアに正確な報道を求め、結果的に同じ病気に苦しむ人々や製薬会社に希望を与えた。

「アミロイドーシスという病名が分かって、それを週刊新潮さんが書こうとしたんですよ。その時、僕は週刊新潮さんに『これは難病指定されている病気で、会長以外にも同じ病に苦しんでいる人もいるんだから、ちゃんとエビデンスを取って記事にしてください』と話したんです。そうしたらちゃんと記者を付けてくれて、大学病院を回って取材して記事にしてくれたんです。会長も『同じ病気で苦しんでる人の役に立つ記事なら協力する。俺のインタビューもいいよ』と。だから、記事が出たら、アミロイドーシスの薬を作ってる会社からお礼の電話が来ましたからね。『世間では病名も知られてなくて、猪木会長が話したことで広まって、新潮もちゃんと調べて記事にしてくれたので患者にとっても救いになります』と。その会社からは『メッセージビデオをください』とお願いされて出しましたし、元気になったらパーティーにも出てくださいと言われていました」

 猪木氏の田鶴子夫人への深い愛情についても、甘井氏は身近で目撃している。

「ズッコさんと入籍された時、会長はズッコさんが(病気を患い)そんなに長くないことを分かってたんですよ。それで『ズッコに報いてあげるにはあれしかなかった』と入籍したんだと思いますけど、そこは会長、カッコいいと思いますよ。やっぱりズッコさんが何を一番欲しがっていたかを分かっていて、一番必要なことを与えてあげるのが会長なので。そういう意味では神様みたいな人ですよ」

甘井氏には、猪木氏の激動の人生を後世に残すという壮大な夢があった。

「会長の体調が悪くて、本を出すぐらいしか仕事が出来なかったというのが正直なところです。僕としては『アントニオ猪木物語』をちゃんとソフトとして作りたかったんですよ。秋田書店の『ヤングチャンピオン』で漫画連載をする話も進めていたんです。昔『プロレススーパースター列伝』がありましたけど、あの続きで、会長が政治家になってからイラクの人質救出とか、あの辺をちゃんとした漫画で描いてほしかったんです。ちょうどヤングチャンピオンでは『田中角栄物語』をやってたんでちょうどいいと思って。それがコンテンツとなれば、一つの大河ドラマになるじゃないですか。アニメ化とかドラマ化とか」

さらに、プロレス界の未来を見据え、自らの新たな挑戦の準備も進めていた。

「ちょっとまだ発表は出来ないですけど、今、女子プロレス団体を立ち上げる話をしています」

志半ばでの無念の逝去。しかし、猪木氏の教えは甘井氏の心に深く刻まれていた。

「鈴木秀樹選手がいいことを言っててね。『猪木さんはこういう技を使え、こういう風にしろという指導は一切なかった。猪木さんが口を酸っぱくして言ってたのは“個性を磨け”でした』と。そっちが大事なんだ、というのが会長の教えなんですよ」

燃える闘魂の晩年を支えた側近は、自身の「個性」を磨き続ける旅の途中で天へと旅立った。

2月20日、天国で愛する“お父さん”と再会し、酒を酌み交わしていることだろう。

甘井もとゆき氏のご冥福を心よりお祈りいたします。


※甘井さん(生前のインタビューで本人提供)

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