【大日本】登坂栄児社長が語る30年目の告白。関本大介退団の真意、“空白の10年”、そして未来へ託す魂

■育成と継承、そして次世代への眼差し

――浅倉選手、関茂選手といった新人もデビューしました。今後の若手育成と、ベテラン選手の役割については、どのようにお考えですか?


©大日本プロレス

登坂:これは、少し不明瞭な状況でもあります。かつて、大日本に故・山本小鉄さんや藤波辰爾選手、当時ゼロワンだった高岩竜一選手にコーチをお願いしたことがありました。その時の意図は、関本選手のような中核選手が、いずれキャリアを重ねた時に、指導者として団体内で技術や精神を継承していってほしい、というものでした。

しかし、時代の変化と共に、選手の価値観も変わってきた。今回の関本くんを筆頭に、今の時代の選手は、まず「自分」というものを強く持っている。野村選手や関札選手の退団を引き止めなかったのも、彼らが自分自身の可能性をもっと高めたい、という想いを強く感じたからです。関本くんも同じ。これだけのキャリアと年齢を重ねても、まだ自分の可能性と、プロレスラーとしての楽しみを追求していたい。その気持ちを尊重しました。

ですから、今の若手育成は、今いる中堅選手や若手選手たち自身と話し合いながら、彼らが何を望んでいるのかをヒアリングして、作り上げていこうと思っています。加えて、よそからの技術交流、つまり他団体の選手からのコーチングなども、積極的に行っていきたいですね。違うエッセンスが入ることで、また新しいものが生まれると信じています。

■コロナ禍、地方興行、海外戦略…そして、未来へ

――コロナ禍を経て、団体として得たもの、あるいは失ったものはありますか?

登坂:失った、という表現が適切かは分かりませんが、得たものは、考え方をもう少し“柔軟”にする、ということですね。コロナ禍の前は、「自分たちはこうでなければいけない」「興行をやり続けなければいけない」という、ある種の意地やプライドがありました。でも、それを継続するためには、自分たちの考え方と、周りの環境との間に、柔軟性を持つことが必要だと痛感させられました。

そして、失わないようにしようとしているのは、そういった柔軟性を持ちながらも、僕たちだけのオリジナリティ、この30年間で積み重ねてきた、絶対に失ってはいけないものです。それは、大日本プロレスらしさであり、ひいてはプロレスという文化そのものが、忘れてはいけない魂の部分だと思っています。


©大日本プロレス

――他団体との交流や、地方大会への思いはいかがですか?

登坂:他団体との交流については、もう僕の世代ではなく、新しい世代が、同世代の横の繋がりの中で、積極的にやっていくべきだと思っています。僕の世代は、どうしても「対メジャー」という意識が強かった。でも、今の若い選手たちは、キャリアが同じだったり、デビューした場所が同じだったり、そういう繋がりで連絡を取り合って、交流していけばいい。そういうものに、むしろ僕は期待したいですね。

地方大会に関しても、僕らの方から少しでもファンの皆さんの近くに行く、という姿勢は変わりません。ただ、何もないところに行っても、今は中々周知が難しい。ですから、地元のプロモーターさんや企業の方々が、僕たちをイベントの軸として呼んでくださり、そこから福祉やチャリティー、子供向けのイベントなどに輪が広がっていく。そういう形が理想ですね。プロレスは老若男女が楽しめるものですから、ぜひ一度、お声がけいただければ嬉しいです。

――海外戦略についてもお聞かせください。海外からの留学生も積極的に受け入れていますね。

登坂:はい。海外の若い選手たちが、「大日本で学びたい」と来てくれることは、僕らにとっても非常に大きなメリットがあります。技術を教えるだけでなく、発想や感覚の違いに触れることで、僕ら自身も刺激を受ける。最近の留学生が、「大日本に来たことで、自分のプロレス観や人生観が変わった」と言ってくれることは、我々の自信にも繋がっています。そういう文化交流は、これからも大切にしていきたいですね。

■「空白の10年」―初めて明かす、後継者探しの苦悩

――それでは最後に、今後の大日本プロレスの目標について、社長の口からお聞かせください。

登坂:そうですね……。包み隠さず言えば、この10年はですね、僕個人にとっては“空白の10年”でした。

――空白の、10年……ですか。

登坂:はい。次の社長を探していました。二回ぐらい、頓挫しましたね。直接、その人間に「社長をやってほしい」と伝えたわけではなく、「彼がこういう風にならないかな」という思いの中で、期待をかけていたんですが、やはり難しかった。中小企業の社長さんが皆悩むことだと思いますが、それだけの覚悟があるのか、試練に耐えられるのか、そして何より、団体が背負うものと、その人の価値観が合うのかどうか。本当に、悩ましい10年でした。今でも、もどかしいです。

――では、これからの大日本プロレスは。

登坂:今はもう、新しい、10代、20代、30代の選手たちに、世代としてスクラムを組んで、次の大日本プロレスを作ってもらいたいと思っています。僕らがいたから言えなかったことも、これからは自由にやってほしい。ただ、あえて「うるさい先輩」として、僕らの経験や想いは、伝え続けていきたい。それを採用するかしないかは、彼ら次第です。でも、その言葉を心に響かせた上で、新しい大日本プロレスを作っていってもらえたらな、と思っています。

――次のバトンを託せる人材を、これからも探し続ける、と。

登坂:そうです。はい。

――30年の歴史の先に、また新しい物語が始まるのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

登坂:こちらこそ、今後とも大日本プロレスをよろしくお願いします。

インタビュアー:山口義徳(プロレスTODAY総監督)

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